38「ひ弱なラン」なら、動けばいい。

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今日は本の紹介。
橘玲『もっと言ってはいけない』
覚えておきたい部分は、ココ。
以下、引用。

咲ける場所に移りなさい

(日本人を含む東アジア系民族は)変化やリスクを極端に嫌い、お互いがお互いを気にする「高コンテクスト」(「空気を読む」ということ)の社会を作り上げてしまう。

複雑な尊敬語や謙譲語で相手の立場を忖度しなければならない日本社会はその典型で、誰もが感じる生きづらさは、私たちが暮らしているのがタコツボ型の「道徳警察社会」だからだ。

(中 略)

「高コンテクスト」の共同体に過剰適応した日本人は、世間の評価を気にし、他人から嫌われることを極端に恐れているが、自分がもっと高い評価を与えられる場所に自由に移っていくことはできない。

会社の上司や同僚、部下を選択することはできず、「運命」として受け入れるしかない。

――――これは専業主婦も同じで、子どもを抱えて離婚すれば、母子家庭として日本社会の最貧困層に落ちることを覚悟するしかない。

(中 略)

日本人の不幸は、遺伝的にストレスに弱いにもかかわらず、文化的に高ストレスの環境を作ってしまうことにある。そんなムラ社会の閉塞感のなかで、本来はランとして美しい花を咲かせるべき個人が次々と枯れていく。

だがこれは、絶望的な話というわけではない。自分に適した環境に恵まれさえすれば、敏感なS型は(鈍感な)L型よりはるかに大きな喜びを手にすることができるのだから。

そのことを前提としたうえで、「ひ弱なラン」としてどのような人生の選択をするのかが、すべての日本人(東アジア人)に与えられた課題なのだろう。

引用ここまで。

*筆者は「セロトニン運搬遺伝子」の特徴から人種を3つに類型化する説を引用しており、
「不安を感じる傾向」が強い民族を「S型=ひ弱なラン」と形容し、
「不安を感じる傾向」が弱い民族を「L型=強いタンポポ」と形容している。

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私たち「ひ弱なラン」が輝きたいと願うなら、答えはカンタン。
自分に適した環境を求めて動くしかありません。

つまり、
①「閉塞的なムラ社会」の在り方を社会全体で議論し、
②圧倒的な主体性を身につけることです。

さて、
個人レベルで今すぐにできることは、どっち?
答えは決まっています。

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